2015年4月1日水曜日

台北記



昨日、今日と本当に春の陽気がただよういい天気でしたね。
昨日、今日の自分は、今年初めてメインストリーム協会の事務所でダウンのフードをかぶらずに過ごせるぐらい暖かい日でした。
でも、頚椎損傷者っていうよりは、自分にとっての本当に春は4が月下旬からなのでまだまだダウンは脱げません。

さて、今日のブログのネタですが特にありません。
普通に書いてもここ1週間のブログのネタとほぼ同じで、ウズベキスタンから研修に来ているデイルショットの一日の様子や○○会議、△△会議の模様で殆ど同じ内容なってしまうので、約1ヶ月前に研修で台湾に行った時のことをちょっと無理やりですが伝えていきたいと思います。



台湾に着いて最初のメシ屋、ラーメンというかスパゲッテイーような麺と餃子の専門店。
味は、まぁまぁって感じでした。


初日の夜に台湾の海鮮鍋上手かったけど、魚はやっぱり日本ですわ。


平渓(へいけい)に向っているノンスッテプバス。
一般の人0で貸切り状態。
この状態は台湾ではよくあるらしいです。


スカイランタンを上げる会場の平渓(へいけい)の道のど真ん中で台湾CILメンバーと合流して記念撮影。
残念ながら天気は雨が降ったりやんだり。


平渓(へいけい)の売店でスカイダンランタンを購入し、列車の通る線路の上で
ランタンをみ立て願いごと書いて上げる瞬間。



ランタンは、抜群に上手くできあがりメチャ高くまい上がっていきました。
それより、自分は写真のど真ん中の黄色いカッパをきた綺麗なお姉ちゃんの方が
気になってしかたありませんでした。

台湾CILのメンバーと台湾の一般人と一斉に飛ばしたスカイランタン。




スカイランタン、この写真は手を放して10秒ぐらいで約2030メートル上がっていきます。
一番感動する瞬間です。




50メートルぐらい離れた場所からの見物。
デカいランタンは、国にのお偉い方や芸能人とかが上げているそうです。



台北駅から列車とタクシーを乗り継いで約1時間半かけて行った仇分(ジイウフン)、昼は、雨が降ったせいか霧が多く景色がまったく見えなかったが、夕方からちょうちん点灯し綺麗な田舎街へと変わっていきたらメチャ綺麗です。



最終日37日メインストリーム協会でアテンダント活動している大学生の「ゆりあ」ちゃん(後の右から3番目)と、同じ学校の友人と(後から4番目)一緒に中正記念堂前で記念撮影。(偶然台北で会いました)




台北にある中正記念堂にて、左からザッキー、チエちゃん、ななちん、日本のプーさん。


右側のメガネをかけた男性、台湾の「プーさん」ってニックネームで呼ばれています。
本名は、う~ん…知らん。聞いたことないです。
でも、メチャ良い奴です。



台湾CILメンバーのチーミン、おとなしくていい奴だけど、一緒に遊びに行ったら
いつも一人でどこへ消えてしまいます。
本人は「散歩が好きだから」といっていますが夜市で散歩するなよ。
夜市に中では散歩すなよ。
はぐれてしまうがなぁ。




「小龍包」専門店の前台湾メンバーがよくいくので、スロープがついたみたいです。



37日台湾最終日にみんなでリンちゃんのおすすめ「小龍包」専門店で
糖尿病のことは忘れて思いっきり食べました。


小龍包、餃子、しゅうまい、○○スープ、他10品目ぐらい14人しかいないのに
料理は25人分ぐらい絶対に食えない量でした。
すごく美味しい料理でしたが、当分、台湾料理はいらんなぁと思いました。


いつもメチャ元気なザッキーですが、日本に帰る前日の夜市でジュースか牡蠣フライみたい食いもんに
やられて(食あたりっポイ)空港でヘタレ込むザッキー。
中々見ないザッキーの弱った姿でした。

今回、台湾へ行くことは数か月前から決まっていたのですが、平渓(へいけい)で行われるスカイランタン以外は夜市や仇分、食事でさえもハッカクが入っているイメージがあって興味がなくちょっとさめた気持ちで向かいました。

けど、実際行ってみる研修はどうでもいいとして、平渓(へいけい)でのスカイライタンを上げる祭りは、本当にきれいで優雅な気分になれるし、仇分はテレビや雑誌の写真通りで古風でいいし、何よりリンちゃんをはじめに台湾のCILメンバーも、出会う人々がいい人ばっかりなので、すごく嬉しい気持ちになりました。
リンちゃん、チーミン、プーさん、ユウリさんみんなありがとうね。

最後に悔しく思ったことが少しあります。
日本は、台湾よりは全体に経済的には豊な国なのに、バリアフリー化の部分をみれば完全にに台湾に負けていると思いました。
台北だけなのかもしれませんが、電車やバスのバリアフリー化は完全に日本、または西宮市は遅れていると思いました。
台北の街で見かける障害者の数が圧倒的に台北の方が多いのです。
日本は、いかに経済的な発展を優先し、障害者の人権などはかなり低い証のように思えた
台湾への研修旅行でした。 

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